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賃料を滞納した賃借人に対する保証会社からの無条件の解除や明渡のみなし条項の効力を否定し、契約書の破棄を認めた最高裁判決(令和4年12月12日)の概要

執筆 磯村 保
業務分野
テーマ 判例解説
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執筆日

2023年1月30日

<事実の概要>

  • 当事者

  原告Xは、適格消費者団体
  被告Yは、賃借人から委託を受けて賃料債務を保証する事業者

  • Yは、賃借人との間で「住み替えかんたんシステム保証契約」(以下、本件保証契約)と題する契約を締結した。
  • Xは、適格消費者団体として、Yの締結した本件保証契約に含まれる一連の条項が消費者契約法8条1項3号又は同10条に該当してその効力が否定されるものであるとして、同法12条3項に基づき、一連の条項を含む契約締結の申込み又は承諾の意思表示の差止めを求めるとともに、これらの条項を含む契約書用紙の廃棄等を求めた。
  • Xがその効力を争った条項は多岐にわたるが(この点の詳細については、一審判決である大阪地判令和元年6月21日の争点整理参照)、最高裁判決においては、とりわけ、本件契約の第13条1項及び第18条2項2号の効力が争点となった。
  • これらの条項の内容は以下のとおりである。なお、以下の条項において、甲は賃貸人、乙は賃借人、丁はYを指し、丙は乙の丁に対する債務の連帯保証人、原契約は甲・乙間の賃貸借契約、賃料等とは賃料・管理費・共益費等の契約書固定費欄記載の金員、変動費とは光熱費等の月々に変動する費用を指す。

目録記載

  1. 第13条1項前段
    丁は、乙が支払を怠った賃料等及び変動費の合計額が賃料3か月分以上に達したときは、無催告にて原契約を解除することができるものとする。
  2. 同項後段
    甲・乙及び丙は、上記1の場合に丁が原契約についての解除権を行使することに対して、異議はないことを確認する。
  3. 第18条2項2号
    丁は、乙が賃料等の支払を2か月以上怠り、丁が合理的な手段を尽くしても乙本人と連絡がとれない状況の下、電気・ガス・水道の利用状況や郵便物の状況等から本件建物を相当期間利用していないものと認められ、かつ本件建物を再び占有使用しない乙の意思が客観的に看取できる事情が存するときは、乙が明示的に異議を述べない限り、これをもって本件建物の明渡しがあったものとみなすことができる。
  • 一審判決は、目録記載3の第18条2項2号について、Xの請求を認容。
  • Yが控訴。原審判決は、第18条2項2号についても、一審判決を取り消し、Xの請求を棄却。
  • Xが上告。

<最高裁判決の判旨概要>

Ⅰ 本件契約第13条1項前段について

  • 原審判決は、最判昭和43年11月21日民集22巻12号2741頁が、賃借人が賃料を一か月でも遅滞したときは無催告で契約を解除することができる旨の特約条項は、「賃料が約定の期日に支払われず、そのため契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合に、無催告で解除権を行使することが許される旨を定めた約定であると解するのが相当である」旨を判示していることを指摘し、この法理は第13条1項前段(目録記載1の条項)にも及ぶと解するのが相当であり、したがって、Yが同条項の規定に従って原契約について無催告で解除権を行使しても、賃借人の不利益は限定的なものにとどまり、信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものということはできないとして、消費者契約法10条に違反しないと判断した。
  • しかし、最高裁は、原審判決の判断を是認することができないとした。その判旨の概要は以下のとおりである(「 」での引用は判旨原文、他は磯村が適宜整理・要約したもの)。
  • まず、第13条1項前段の条項の解釈について、「本件契約書13条1項前段は、無催告で原契約を解除できる場合について、単に「賃借人が支払を怠った賃料等の合計額が賃料3か月分以上に達したとき」と定めるにとどまり、その文言上、このほかには何ら限定を加えておらず、賃料債務等につき連帯保証債務が履行されたか否かによる区別もしていない上、被上告人自身が、本件訴訟において、連帯保証債務を履行した場合であっても、本件契約書13条1項前段に基づいて無催告で原契約を解除することができる旨を主張している(記録によれば、被上告人は、現にそのような取扱いをしていることがうかがわれる。)。これらに鑑みると、本件契約書13条1項前段は、所定の賃料等の支払の遅滞が生じさえすれば、賃料債務等につき連帯保証債務が履行されていない場合だけでなく、その履行がされたことにより、賃貸人との関係において賃借人の賃料債務等が消滅した場合であっても、連帯保証人である被上告人が原契約につき無催告で解除権を行使することができる旨を定めた条項であると解される。」
  • また、原審判決の引用する最判昭和43年11月21日との関係については、同判決の事案においては、賃貸人の無催告解除の特約が問題となっていたのに対して、本件事案では、賃料債務等の連帯保証人であるYの無催告解除が問題となっており、かつ、賃料債務等が消滅した場合でも無催告解除が可能であるとするものであり、引用の最判における特約条項とはかけ離れた内容である
  • さらに差止請求との関係については、「法12条3項本文に基づく差止請求の制度は、消費者と事業者との間の取引における同種の紛争の発生又は拡散を未然に防止し、もって消費者の利益を擁護することを目的とするものであるところ、上記差止請求の訴訟において、信義則、条理等を考慮して規範的な観点から契約の条項の文言を補う限定解釈をした場合には、解釈について疑義の生ずる不明確な条項が有効なものとして引き続き使用され、かえって消費者の利益を損なうおそれがあることに鑑みると、本件訴訟において、無催告で原契約を解除できる場合につき上記アにおいてみたとおり何ら限定を加えていない本件契約書13条1項前段について上記の限定解釈をすることは相当でない。」
  • 「そうすると、前記第一小法廷判決が示した法理が本件契約書13条1項前段に及ぶということはできず、本件契約書13条1項前段について、被上告人が賃料等の支払の遅滞を理由に原契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合に、無催告で解除権を行使することが許される旨を定めた条項であると解することはできないというべきである。」
  • 上記の解釈を前提として、本契約第13条第1項前段が、消費者契約法10条に該当するかどうかについて、判旨の概要は以下のとおりである。
  • まず、法10条前段に該当するかどうかについて。「本件契約書13条1項前段は、賃借人が支払を怠った賃料等の合計額が賃料3か月分以上に達した場合、賃料債務等の連帯保証人である被上告人が何らの限定なく原契約につき無催告で解除権を行使することができるものとしている点において、任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の権利を制限するものというべきである。」
  • ついで、法10条後段に該当するかどうかについて。「原契約は、当事者間の信頼関係を基礎とする継続的契約であるところ、その解除は、賃借人の生活の基盤を失わせるという重大な事態を招来し得るものであるから、契約関係の解消に先立ち、賃借人に賃料債務等の履行について最終的な考慮の機会を与えるため、その催告を行う必要性は大きいということができる。ところが、本件契約書13条1項前段は、所定の賃料等の支払の遅滞が生じた場合、原契約の当事者でもない被上告人がその一存で何らの限定なく原契約につき無催告で解除権を行使することができるとするものであるから、賃借人が重大な不利益を被るおそれがあるということができる。
     したがって、本件契約書13条1項前段は、消費者である賃借人と事業者である被上告人の各利益の間に看過し得ない不均衡をもたらし、当事者間の衡平を害するもの
    であるから、信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるというべきである。」

Ⅱ 第18条第2項2号について

  • 原審判決は、「本件契約書18条2項2号は、①賃借人が賃料等の支払を2か月以上怠ったこと、②被上告人が合理的な手段を尽くしても賃借人本人と連絡が取れない状況にあること、③電気・ガス・水道の利用状況や郵便物の状況等から本件建物を相当期間利用していないものと認められること、 ④本件建物を再び占有使用しない賃借人の意思が客観的に看取できる事情が存することという四つの要件(以下「本件4要件」という。)を満たすことにより、賃借人が本件建物の使用を終了してその占有権が消滅しているものと認められる場合に、賃借人が明示的に異議を述べない限り、被上告人が本件建物の明渡しがあったものとみなすことができる旨を定めた条項であり、原契約が継続している場合は、これを終了させる権限を被上告人に付与する趣旨の条項であると解するのが相当である。」とし、本件4要件を満たす場合、「賃借人は、通常、原契約に係る法律関係の解消を希望し、又は予期しているものと考えられ、むしろ、本件契約書18条2項2号が適用されることにより、本件建物の現実の明渡義務や賃料等の更なる支払義務を免れるという利益を受けるのであるから、本件建物を明け渡したものとみなされる賃借人の不利益は限定的なものにとどまるというべきであって、本件契約書18条2項2号が信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものということはできない。よって、本件契約書18条2項2号は、法10条に規定する消費者契約の条項には当たらない。」と述べている。
  • しかし、最高裁は、原審判決の解釈を否定し、以下のとおり判示した。
    「本件契約書18条2項2号には原契約が終了している場合に限定して適用される条項であることを示す文言はないこと、被上告人が、本件訴訟において、原契約が終了していない場合であっても、本件契約書18条2項2号の適用がある旨を主張していること等に鑑みると、本件契約書18条2項2号は、原契約が終了している場合だけでなく、原契約が終了していない場合においても、本件4要件を満たすときは、賃借人が明示的に異議を述べない限り、被上告人が本件建物の明渡しがあったものとみなすことができる旨を定めた条項であると解される。
     そして、本件契約書18条2項2号には原契約を終了させる権限を被上告人に付与する趣旨を含むことをうかがわせる文言は存しないのであるから、本件契約書18条2項2号について上記の趣旨の条項であると解することはできないというべきである。」
  • 第18条2項2号が法10条に該当するかどうかについては、以下のとおり判示。
    「被上告人が、原契約が終了していない場合において、本件契約書18条2項2号に基づいて本件建物の明渡しがあったものとみなしたときは、賃借人は、本件建物に対する使用収益権が消滅していないのに、原契約の当事者でもない被上告人の一存で、その使用収益権が制限されることとなる。そのため、本件契約書18条2項2号は、この点において、任意規定の適用による場合に比し、消費者である賃借人の権利を制限するものというべきである。
     そして、このようなときには、賃借人は、本件建物に対する使用収益権が一方的に制限されることになる上、本件建物の明渡義務を負っていないにもかかわらず、賃貸人が賃借人に対して本件建物の明渡請求権を有し、これが法律に定める手続によることなく実現されたのと同様の状態に置かれるのであって、著しく不当というべきである。
    また、本件4要件のうち、本件建物を再び占有使用しない賃借人の意思が客観的に看取できる事情が存することという要件は、その内容が一義的に明らかでないため、賃借人は、いかなる場合に本件契約書18条2項2号の適用があるのかを的確に判断することができず、不利益を被るおそれがある。」

Ⅲ 最高裁判決の結論

 第13条1項前段については、原告の条項の差止請求と契約書用紙廃棄を求める部分を認容し、また、第18条2項2号については、一審判決と同じく、条項の差止請求と契約書用紙廃棄を求める部分を認容した。

なお、Xは、契約書用紙廃棄に加えて、Yの従業員に対して一定の書面配布も求めていたが、その趣旨は契約書用紙廃棄によって従業員にも伝わるとして、その部分の請求は棄却されている。

 

<コメント>

 本件保証契約において、保証委託を受ける事業者は、賃借人が賃料債務を遅滞する場合、保証債務の履行を求められ、かつ、賃借人に対する求償権の行使が困難となるおそれがあることから、賃貸人とは別に解除権を行使することに重大な関心を有することになる。他方、賃貸人は、連帯保証人となる事業者が連帯保証債務を履行してくれる限り、賃貸借契約を解除する必要性に乏しい。

 したがって、一方において、連帯保証人である事業者が固有の解除権を有することに一定の合理性がある反面において、事業者は自己の負担するリスクを抑制するために、本件契約条項に基づく権利をより早期に行使したいと考えることになる。

 最高裁は、どの範囲で効力を有するかどうかが不明である条項が含まれる契約書が利用されることによる弊害を意識し、疑義のある条項を、その限定解釈により効力を維持することに消極的である。とりわけ、消費者は信頼関係破壊の法理等についての法的知識を有しないのが通常であり、契約書に明確に示された文言があれば、その文言に従わざるをえないと考えることになるから、訴訟で争えば効力を否定することができる場合でも、事実上、多くの消費者の利益が害されるおそれがある。この点で、最高裁判決は支持されるべきであり、また、このような考え方は、改正消費者契約法において、免責の範囲が不明確な免責条項(例、「法令に反しない限り、1万円を上限として賠償する」旨の条項)の効力を否定していることと軌を一にするものといえる。

 

※本コラムは、一般的な情報提供を目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。コラム内の意見等については執筆者個人の見解によるものであり、当事務所を代表しての見解ではありません。個別具体的な問題については、必ず弁護士にご相談ください。

 

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