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表見相続人は、相続回復請求権の消滅時効完成前に取得時効を援用することができるか(最判令和6年3月19日:遺言無効確認等請求事件)

執筆 磯村 保
業務分野
テーマ 判例解説
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執筆日

2024年4月3日

 本判決においては、相続回復請求権の消滅時効が完成していない間に、表見相続人が取得時効を援用することができるかどうかが争点となった。
 この点について、大審院判例(大判明治44年7月10日民録17輯468頁、大判昭和7年2月9日民集11巻192頁)は、相続回復請求権について特別の消滅時効が規定されていることを理由として、表見相続人による取得時効の援用を否定していた。しかし、本判決は、以下に引用するとおり、相続回復請求権の消滅時効と取得時効は特別法と一般法の関係に立つものではないとして、表見相続人による取得時効の援用を認め、上掲の大審院判例については、家督相続制度の下での判断であり、本判決はこれに抵触するものではないとしている。

<事実の概要>

  • 本件は、被上告人Xが、上告人Yらに対して、本件不動産(土地建物)について、YらのXに対する持分移転登記請求権が存在しないことの確認等を求める事件である。
  • 原審の認定した事実及び原審の判断
  1. Bは、平成13年4月、甥である上告人Y1及びA並びに養子である被上告人Xに遺産を等しく分与する旨の自筆証書遺言をした。
  2. Bは本件不動産を所有していたが、平成16年2月13日に死亡した。Bの法定相続人はXのみである。
  3. Xは、平成16年2月14日以後、所有の意思をもって本件不動産を占有した。また、Xは、同日当時、本件遺言の存在を知らず、本件不動産を単独で所有すると信じ、かつ、そう信じることについて過失がなかった。
  4. Xは、平成16年3月、本件不動産について相続を登記原因としてXの単独名義の所有権移転登記をした。
  5. Y2及びY3は、平成31年3月、東京家庭裁判所により、本件遺言の遺言執行者に選任された。
  6. Xは、平成31年2月、Y1ら及びAに対して、本件不動産に係るY1及びAの各共有持分権について、取得時効を援用する意思表示をした。
  7. 原審は、Xの取得時効の援用を認め、請求を認容した。
  • Yらの上告
     Yらは、上告受理申立てにより、原審判決は戦前の大審院判例に違反するものであり、Y1及びAの有する民法884条所定の相続回復請求権の消滅時効が完成しておらず、Xは相続回復請求権の消滅時効完成前に、各共有持分を時効取得することはできないと主張した。

<判旨>

 「4 民法884条所定の相続回復請求権の消滅時効と同法162条所定の所有権の取得時効とは要件及び効果を異にする別個の制度であって、特別法と一般法の関係にあるとは解されない。また、民法その他の法令において、相続回復請求の相手方である表見相続人が、上記消滅時効が完成する前に、相続回復請求権を有する真正相続人の相続した財産の所有権を時効により取得することが妨げられる旨を定めた規定は存しない。
 そして、民法884条が相続回復請求権について消滅時効を定めた趣旨は、相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期かつ終局的に確定させることにある(最高裁昭和48年(オ)第854号同53年12月20日大法廷判決・民集32巻9号1674頁参照)ところ、上記表見相続人が同法162条所定の時効取得の要件を満たしたにもかかわらず、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成していないことにより、当該真正相続人の相続した財産の所有権を時効により取得することが妨げられると解することは、上記の趣旨に整合しないものというべきである。
 以上によれば、上記表見相続人は、真正相続人の有する相続回復請求権の消滅時効が完成する前であっても、当該真正相続人が相続した財産の所有権を時効により取得することができるものと解するのが相当である。このことは、包括受遺者が相続回復請求権を有する場合であっても異なるものではない。したがって、被上告人は、本件不動産に係る上告人Y1及びAの各共有持分権を時効により取得することができる。」(下線部は磯村が追加。以下も同じ。)

 また、Yらの判例違反の主張に対しては、以下のとおり判示している。

 「所論引用の判例のうち、各大審院判例(大審院明治44年(オ)第56号同年7月10日判決・民録17輯468頁、大審院昭和6年(オ)第2930号同7年2月9日判決・民集11巻3号192頁)は、昭和22年法律第222号による改正前の民法における家督相続制度を前提とする相続回復請求権に関するものであって、上記判断は、上記各大審院判例に抵触するものではない。また、その余の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は採用することができない。」

<コメント>

 本判決は、冒頭に述べたとおり、相続回復請求権の消滅時効と表見相続人の取得時効との関係を明らかにしたものである。なお、本件では、Y1及びAは真正相続人ではなく、包括受遺者であるが、判旨は、包括受遺者が相続回復請求権を有する場合であっても、事情は異ならない旨を明らかにしている。包括受遺者は、民法990条の規定に従い、相続人と同一の権利義務を有するものであるから、相続人と同様に民法884条の相続回復請求権を行使することが可能であり、その限りで、真正相続人と同一の地位に立つと考えられる。

 戦前の大審院判例は、真正相続人が相続回復請求をなしうる間は、僭称相続人が相続財産である不動産を占有しても時効取得することはできないとしていた。Yらはこの先例違反を主張したものであるが、判旨は、同判例は家督相続制度を前提とする相続回復請求権に係るものであり、本判決は、上掲大審院判例に反するものではないとしている。
 もっとも、本判決は、家督相続と遺産相続の間でどのような相違があり、それが相続回復請求権の消滅時効と取得時効の関係にどのような影響を及ぼすかについて、具体的な根拠を示していない。

 従前、学説の多数は大審院判例には否定的であった。なぜなら、判例の立場を前提とすると、民法884条の適用がない表見相続人、すなわち、自身が相続人ではないことを知っている僭称相続人や、相続人であると信じるについて合理的な事由が存在しない表見相続人(最大判昭和53年12月20日民集32巻9号1674頁参照)は取得時効を援用することができるのに、善意であり、かつ善意であることについて合理的な事由が存する表見相続人は取得時効を援用することができないという不均衡が生ずるからである。

 本判決は、大審院判例との事案の違いを指摘しており、従前の判例を変更したものではないが、多数学説の考え方に従ったものと評価することができる。これまで、最高裁としてこの問題を扱ったものはなく、重要な意義を有する判決といえる。

 

※本コラムは、一般的な情報提供を目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。コラム内の意見等については執筆者個人の見解によるものであり、当事務所を代表しての見解ではありません。個別具体的な問題については、必ず弁護士にご相談ください。

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